大阪七福人めぐりとは
大阪七福人巡りです。
三光神社「寿老人」
長久寺「福禄寿」
四天王寺「布袋尊」
宝満寺「毘沙門天」
法案寺「弁財天」
大国主神社「日出大国神」
今宮戎神社「えびす大神」
の神様に手を合わせます。
私達はJRの玉造駅から三光神社スタート、最後の今宮戎まで、途中食事やお茶しながら6時間程たっぷりかかって満願成就。
どの寺社からスタートしても良く、社務所で「大阪七福神めぐり」をする旨と告げると、色紙代の1500円、加えて、御朱印代が300円でスタート、後はその色紙に各寺社にてご朱印をいただき(300円)歩きます。
最初にお詣りした、三光神社の「三光神社由緒略歴」によると、大阪七福神のはじまりは「摂陽奇観」巻之43 享和3年(1803年)の条に「今年七福神巡拝発起」とあるます。しかし、いつの間にか途絶えてしまい、大正3年に「浪速七福会」を復興し、その後「大阪七福神社寺会」により現在に至るという長い歴史を持つのです。
三光神社「寿老人」
真田幸村で話題の三光神社は寿老人です。
幸村公目当ての方が沢山おられます。大阪夏の陣の際、幸村公は大阪城から抜け穴を掘ったといわれ、境内には抜け穴の後と共に、真田幸村像がありました。
長久寺「福禄寿」
淀君ゆかりの寺院で、淀君が建立した本堂、大門などは薬師寺に移され、今の鉄筋コンクリートの建物は昭和38年に建てられたそう。
もの凄く入りづらいです。そして、御朱印は一度に出せと叱られました。
それにしても、流石大阪ですね、何処へ行っても大阪城絡みの話を目にします。
四天王寺「布袋尊」
ご存知、こちらは太閤秀吉よりもずっと古い話の聖徳太子の四天王寺。
広い境内のなか、布袋堂は「乳布袋」と呼ばれ、乳が出ない人には乳を授け、出過ぎて困る人には乳上げを授ける」だそうです。
宝満寺「毘沙門天」
元は四天王寺の東北方、牛崎にあった寶満寺37坊の1つ。寶満寺37坊について調べてみたら、これが凄く興味深く心に残りました。(またいずれ書きたいと思います)
日本橋の賑やかな街の中にポツリとあります。(こちらももの凄く入りづらく・・・・)
法案寺「弁財天」
法案寺もまた、繁華街のど真ん中にあります。生国魂神社の神宮寺だったとか。
弁財天さんって、繁華街の側にある事が多い気がするのは気のせいでしょうか。
大国主神社「日出大国神」
木津の大国さんとして有名な大国さんです。1744(延享元)年に出雲大社から迎えられたそうで、大国さんの使い、白鼠が印象的でした。
白鼠、見かける事が無いような気がします。
今宮戎神社「えびす大神」
商売繁盛のえびっさん、大阪ではトップクラスの知名度じゃないでしょうか。
今宮戎を最後に選んだのは、お詣りの後はミナミに繰り出して打ち上げするため。
たっぷり一日、のんびり大阪の街を歩くことなど、七福人詣りでもしなければ無かったと思います。大阪の街を満喫した大阪七福人めぐり、オススメします。