大阪北新地の堂島薬師堂

堂島薬師堂の由来

大阪北新地の堂島薬師堂

ミラーガラスの球体という奇抜な建物をみて、この場所が、室町時代作の薬師如来像や、地蔵菩薩像、弘法大師像などが安置される お堂 であることをひと目見て理解する方は居ないだろうと思います。

歴史は古く、西暦593年の推古天皇(すいこてんのう)の時代から続く、由緒正しいお堂となります。

古い書物に書かれている由来では、聖徳太子が四天王寺を創建した当時、暴風雨で難破した建築用木材の運搬船が流れ着いたところに堂宇を建てたのが起源と伝わっているそうです。

堂島は明治時代まで堂島川と曽根崎川に挟まれた中州の島で、薬師堂のある「堂島」の地名になったのだそう。

こんな歴史を知れば、堂島薬師堂は堂島界隈には無くてはならないお堂なんだという話に、大いに頷けます。

 

明治の終わりの時代に、芝居小屋 堂島座が建築され堂島薬師堂は近くに移転されたそうですが、戦後は毎日新聞大阪本社が建てられました。その後、時代は流れ、大阪本社の移転とともに堂島アバンザが建てられたわけですが、それに伴い、堂島薬師堂も元の場所に戻したという訳です。

 

堂島薬師堂が球体な理由

大阪北新地の堂島薬師堂

元々のお堂の姿は屋根瓦のいかにもという姿だったそうです。

堂島アバンザの建築の際に、オフィス街との調和を考えて、この様な斬新なデザインとなったそうですが、当然意味があります。

ご本尊として祀る 薬師瑠璃光如来にあやかり、瑠璃(るり)はガラスの意味を持つため、金色のミラーガラス127枚を組み合わせた直径7mの球体が、無限に広がる宇宙や天体、如来像の永久的なイメージを表しているといいます。

 

お堂とは

お堂

ちなみにお堂というのは、お寺において仏像を安置し、礼拝供養するための建物の事で、境内以外に建てられたものは、境外仏堂(けいがいぶつどう)とも呼ばれるそうです。

堂島薬師堂は境外仏堂ですね。堂島薬師堂は、奈良・西の京にある法相宗大本山薬師寺の管轄で毎月、護摩供養などが行われ、お水汲み祭りが行われ、大勢の人で賑わいます。

 

節分のお水汲み祭り

大阪北新地の堂島薬師堂

毎年2月3日の節分の日には、節分お水汲み祭りが開催されます。

古くから続く節分祭と2004年から復活したお水汲み祭りが一つになり、今ではすっかり、堂島と北新地の春と福を呼ぶ行事となりました。

山法師が打ち鳴らすホラ貝と、どらの響きにあわせ6体の鬼が北新地を練り歩き、裃姿の男が豆を巻いて商売繁盛を願います。

夜になれば、なく支持の僧侶による法要が営まれ、1000本の護摩木がたかれ幻想的な風景が見られるのです。

機会があれば是非足を運んでみてください。

 

堂島薬師堂へのアクセス

ジュンク堂書店が入っている堂島アバンザの直ぐ隣です。

鎮守の森に見立てた庭園などもあって、都会の中のオアシスとして堂島薬師堂はあるわけですが、御存知の通り梅田のど真ん中、界隈にコインパーキングはありますが、公共交通機関を利用するのがよろしいかと。


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